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■師走はやっぱり忠臣蔵めぐり

風の旅行社主宰の「自転車で東京散歩 -忠臣蔵-」に参加してきました。
歴史関連ということで年齢層が高かったですね。

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北桔橋門(きたはねばしもん)から皇居東御苑に入りました。入る時に入園票というプレートをもらいます。


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松の廊下跡です。本丸御殿の大広間から将軍との対面所である白書院に至る全長約50m、幅4mほどの畳敷の廊下だったそうです。50メートルとはかなり長い廊下ですね。ここで浅野内匠頭長矩吉良上野介義央を斬り付けた場所で有名です。


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天守閣跡です。1638年に完成しましたが、18年後の明暦3年(1657年)の振袖火事で焼失した後は再建されることも無く、現在に至ります。立派な石垣で現存してたら世界遺産間違いなかったでしょう。


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フユザクラという桜の花が咲いていました。秋桜は聞いた事がありますが。きれいですね。


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続いて両国本所の吉良邸跡へ。刃傷事件後、浅野は即日切腹。吉良上野介はおとがめ無しと言いつつも数ヵ月後にここの本所にある屋敷に移されました。その前まで呉服橋門内の約2500坪の屋敷から辺鄙な屋敷に飛ばされた吉良の心中はいかにといった感じです。当時両国橋を渡ると武蔵国でなく下総国になるのでそれなりのペナルティはあったように思われます。逆に遠くに飛ばすことで幕府が討ち入りをしやすくしたと見る説もあるそうです。


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吉良上野介の首を洗ったという「首洗い井戸」も再現されていました。
吉良邸跡といえども当時の敷地の約86分の1の広さしかありません。1934年の昭和9年に地元の有志が購入し公園として東京市に寄贈したそうです。

来週あたりは模擬店なども出てにぎやかになるそうです。


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浅野内匠頭終焉の地です。このあたりは奥州一之関藩主(現岩手県)・田村右京大夫建顕(うきょうたいふたけあき)の上屋敷があった場所です。「風さそう花よりなほ我もまた春の名残をいかにやとせん」と無念の思いを詠んでいます。本当は石碑があるのですが道路工事で撤去されているそうです。

今で言えばパワハラに絶えかねて本社の社長室そばでキレて殴りかかっての処分といった所でしょうか?



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大石良雄ほか16人忠烈の跡です。切腹の場となった大名四家のうち唯一切腹の座が明らかな場所といわれています。
都営団地の中にぽつんとたたずんでいます。


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ゴール地点の泉岳寺までやってきました。寛永の大火で焼失後、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷・今川の6大名により、現在の高輪の地で再建されたのがきっかけで浅野家とかかわり深いお寺になっています。


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たくさんの線香の煙で幻想的な雰囲気でした。
8月に行った時は私しかいませんでしたがさすが12月という忠臣蔵シーズン。13日あたりがピークだそうです。
今回も通しで忠臣蔵関連を見られて勉強になりました。ガイドさんがまた良かったです。
都内のポタリングはよく行きますが、どうしても慣れた道を通りがちなのでまた違った発見がいろいろ出来てよかったです。



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