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■札所18番神門寺

お次は神門寺までポタリングしました。「しんもんじ」と読むのかと思いきや「ごうどじ」と読むようです。

shinmonX09.jpg

国道140号線に沿ってあるため交通の便が良く、車で回る方はここを最初に来る人も多いらしく、こちらのお寺でも納経帳他巡礼用品全般グッズが販売されています。つまり1番・13番・18番を起点に回ると良いということです。納経帳のみでしたら他でも結構置いてありますが、、

天保年間に建てられた観音堂は時代の雰囲気を良く出しています。小さいながらも破風の形などいいですね。


shinmonX10.jpg

回廊めぐりっていうとあれですが、観音堂の外周を一周できるようになっています。ご利益ありそうなので回って見ました。ちなみに寺号の額は秩父の彫刻家の森玄黄斎によるもので、彼が将軍に献上した彫刻は現在イギリスの大英博物館に展示されているそうです。すごいです。


sinmonbb01.jpg

続いて札所17番定林寺です。簡素で均整のとれた堂ですね。内陣は古風な阿弥陀堂のように念仏回廊が回っています。通称林寺(はやしでら)と呼ばれています。


sinmonbb02.jpg

寺ごとに錦絵が奉納されていて、寺の由来が書かれています。ここでは平将門の子孫、壬生良門の家来である林太郎定元が寺の名前の由来との解説がされています。壬生良門は乱暴な振る舞いが多く、故なく殺される者も多いので領民は安心して暮らせなかったそうです。それを林太郎定元がいさめようとすると怒った良門から家財を没収・放逐されました。諸所放浪の後3歳になる子を残して夫婦二人ともこの地に没しました。その子供がこの寺で育てられました。

やがて良門が狩りに出た際に偶然出会い、良門は深く嘆き、「私は忠臣である定元を失ったことを後で悔やんだ。今からこの子を林源太良元と名付けて、旧領を授け、父の功績を賞しなさい」と命じた。そして館に連れてゆき、自ら『法華経』を書写して定元夫婦の菩提のため、その塚の傍らに一堂を建立しました。定元の姓名にちなみ、定林寺とし、その後観音を安置して順礼の霊地となったとの事です。

林太郎定元から命名された事や通称林寺(はやしでら)と呼ばれている理由がよくわかります。それにしても結構泣ける話ですね。


ryuukokuB01.jpg

続いて19番龍石寺です。方形造りの大きい観音堂です。戦中戦後かなり荒廃したらしく、秩父観光協会青年部の方らが改修のために巡礼姿で托鉢して広く浄財を集めて再建されたそうです。


sinmonbb04.jpg

一枚の大きな岩盤の上に観音堂が建っています。ものすごく地盤が安定していそうです。現在では基礎は土間一面にコンクリート打ちますが、そういった工法のはしりかもしれません。


ryuukokuB05.jpg

昔、この地方に大干ばつがあり、弘法大師は天皇の勅により雨を祈られたところ、この大盤石2つに割れて、神泉苑より竜が昇天し、雲を呼びたちまちに雨振りおこり、人畜草木みなよみがえり大豊作を得たという縁起があります。 それにしても弘法大師はいろいろな寺院で活躍されてますね。寺の由来を一枚の絵で解説する錦絵って面白いです。



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