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■楳図かずお邸

動物園で見た楳図かずおのイラストから、家が気になって行ってみました。ネットからだと吉祥寺南町近辺くらいしか分からないので、自転車でうろついていると、、見つけました。赤白のストライプの外壁。間違いないと反対側に回ってみました。井の頭線のガード下のストライプも赤白になっていました。これですね。楳図かずお邸です。道路から若干奥まっているのと手前の植栽があって相当意識して行かないと通り過ぎてしまいそうにな...

■浴風会本館

杉並にある浴風会本館に行ってきました。浴風会本館は関東大震災後に高齢・障害のある被災者のために1926年(大正15年)に建てられた建築物です。設計は安田講堂などを手がけた内田祥三です。当時はこの本館を中心として他の建物をほぼ対称に敷地全体に配置した構成になっていたそうです。現在ではこの本館と礼拝堂しか残っていませんが、、スクラッチタイルの外観や中央の塔から水平方向に伸びる点など安田講堂と共通する箇所も多...

■旧横田家住宅

続いて旧横田家住宅に寄りました。横田家は真田藩士として幕末まで百五十石の禄を受けていた中級藩士で、その武家屋敷としてが当時の雰囲気を残したまま残っています。重要文化財です。この家で育った横田秀雄は、大審院長に、その子正俊は、最高裁判所長官になり、二大続いて裁判所の最高の地位に就いている。そのほか秀雄の弟謙次朗は、鉄道大臣になったそうです。すごい家系ですね。  かや葺き屋根と桜がマッチしてきれいです...

■松代城

駅の近くにお城があったので寄ってみました。松代城です。武田信玄が上杉謙信の侵攻に備えるため家臣の山本勘助作らせたといわれています。川中島の合戦も近くも行われたので重要な地点だったのでしょうね。江戸時代には真田信之が入城し明治維新まで真田氏の居城となりました。真田幸村呼ばれた真田信繁のお兄さんですね。2004年(平成16年) に復元されたのでまだ作りは新しいです。内部は広場になっていました。日本100名城に入...

■川中島古戦場

川中島古戦場までやってきました。川中島の戦い・第四次合戦で本陣を置いた所です。馬に乗った謙信の剣を信玄が軍配で防いだと銅像がデーンとありました。これは迫力あります。歴女も満足するでしょう。首塚です。武田方の武将、高坂弾正が激戦場となったこの辺りの戦死者を敵味方無く集め、手厚く葬った塚です。これを知った上杉謙信は大変感激し、後に塩不足に悩む武田方に対し塩を送り、この恩に報いたと言われています。執念の...

■聖天宮

続いて若葉駅に来ました。1979年(昭和54年)開業の比較的新しい駅で、当初坂戸と鶴ヶ島の間にあるので「鶴坂駅」になりそうだったそうです。ちょっと微妙ですね。自転車で約10分ほどで、田園地帯に妙な建物が見えてきました。やってきました!聖天宮です。以前「ナニコレ珍百景」で紹介されて、こちら方面に来たときに行ってみたかった場所です。「畑の中の異空間」と銘打ってましたが、ホントに異空間です。ここは中国?と言いた...

■目黒区総合庁舎(旧千代田生命)

目黒区総合庁舎を見てきました。かつて経営破たんした千代田生命の本社を区が買い取り区庁舎として利用しています。村野藤吾設計です。きゃおきゃおさんのブログで紹介されていたのを見て平日に目黒方面いく際に寄ってみたかった場所です。まず外観がすごいです。定規できめ細かく引かれたような格子の縦横の線の迫力に圧倒されます。目がチカチカします。アルミキャストというアルミ製の鋳物で出来ているようです。1階をうろつい...

■八芳園

八芳園までやってきました。入り口の長屋門です。桜が似合いますね。江戸時代には大久保忠教の屋敷だったものを薩摩藩島津氏の下屋敷となり、明治以降には渋沢家のものとなり、その後日立財閥の久原房之助の所有物となりました。庭園の名称は「四方八方どこを見ても美しい」に由来するそうです。園内では桜も少しですが咲いていました。桜の見える会場では、お昼の「桜散策ランチ」や、夜桜を眺めながら「夜桜ビュッフェ」など桜に...

■富岡製糸場

富岡製糸場までやってきました。先日碓氷のめがね橋行った際、この富岡製糸場とセットで世界遺産にと書いてあったので行ってみたいと思っていたポイントです。現在世界遺産の暫定リストに載っているそうです。現在日本では平泉ほか11箇所が候補として暫定リスト入りしています。世界遺産登録の可能性が出てきたということで盛り上がっています。写真は東繭置場です。明治5年完成・操業開始を示す刻印がされています。よく写真でみ...

■名古屋市市政資料館

続いて重要文化財の名古屋市市政資料館です。1922年(大正11年)、名古屋控訴院・地方裁判所・区裁判所の庁舎として建てられました。昭和54年(1979)に名古屋高等・地方裁判所が中区三の丸一丁目に移転するまで、中部地方における司法の中心として60年近い歴史を積み重ねてきました。赤い煉瓦と白い花崗岩とを組み合わせたネオ・バロック様式の外観は桜田門にある法務省旧本館とよく似た雰囲気です。一時期取り壊しの話があったよう...

■名古屋城

続いて名古屋城まで来ました。日本100名城に選定されている観光スポットです。かつては大坂城、熊本城とともに日本三名城に数えら「尾張名古屋は城で持つ」などと歌われましたが、空襲で焼失し、1959年(昭和34年)に再建されて名古屋のシンボルとなっています。現在は本丸御殿の復元工事が行われています。右のバリアフリー用のエレベーターが外観を悪くしています。内部はエレベータ付きの博物館のようになっていました。シャチ...

■名古屋市役所・愛知県庁

続いて名古屋市役所に来ました。本庁舎は昭和8年(1933)に昭和天皇即位の記念事業として建設されたもので、城郭風の屋根を乗せた帝冠様式のデザインが特徴的な建物です。「キング」こと神奈川県庁本庁舎にも似ていますね。屋根のてっぺんのアップです。ギザギザになっていてレゴブロックで作っているような雰囲気です。隣にある愛知県庁本庁舎です。1938年(昭和13年)に昭和天皇御大典の記念事業の1つとして建設されました。こち...

■オアシス21

続いてオアシス21へ来ました。名古屋テレビ塔脇にある公園やバスターミナルなどの公共施設と商業施設との複合施設です。巨大な宇宙船を思わせる施設です。「水の宇宙船」という名前が付いているそうです。名古屋タワーから見た上からの写真です。上から見るとスプーンでくり抜かれたようにも見えます。外周は半透明な素材になっていて歩くことが出来るそうです。中央部は推進10cmの池になっているそうです。4本ほどの細い支柱で...

■名古屋テレビ塔

続いて名古屋テレビ塔に行きました。1954年(昭和29年)に完成した電波鉄塔で着工が1953年(昭和28年)と約8ヶ月程度の突貫工事で完成させました。設計者は内藤多仲。彼はその後、通天閣(56年)さっぽろテレビ塔(57年)・東京タワー(58年)とたて続けに手がけ、「塔博士」という異名をもっています。完成当時は日本一の展望台から名古屋を一望しようと長者の列が出来たそうです。今で言うと東京スカイツリーの人気のような感じ...

■犬山城

続いて犬山城に来ました。国宝に指定された4城の一つです(姫路城・彦根城・松本城・犬山城)また現存12天守の一つです。結構な上り坂の上に城門があります。やっと天守に到着。別名、白帝城とも言います。天文6年(1537)、織田信長の叔父、織田信康によって木之下城より城郭を移して築いたといわれています。その後めまぐるしく城主が変わり、江戸時代の元和3年(1617)尾張徳川家の重臣成瀬正成が城主になり、以降成瀬氏が幕末まで...

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